母の日

1992年の今日 母が他界した。母のいない年月がもう27年。

でも母がなくなった年齢まであともう2年。

僕らを残していったその日。

母は美しいままだった。

夕焼けに輝く柿がなにかのきっかけでサッと枝を離れていく、そんな母だった。

その日からなにか歯車の歯が一つかけているようなそうでないような日々を過ごしている。

そうだ。

僕の心のなかにある幸せの水甕が容量不足としっているような感覚だ。

そうして荒みゆく私に気がついたのはこれを書いている今。

まさしく今なのだ。

そうか、私はそれまで母が塞いでいた漏れゆく栓。

それが抜けていたことに気がついていなかった。

だから別の何かで埋めようとして失うようになったのだ。

それまで欠けてはいたが保たれていたバランスの秤。

私の皿を満たすことが生きていると実感できる証になった。

そして私の思いを実現できるところにそのエネルギーを注ぐことになっていった。

もういいよ。

もういい。

僕は母にまだもたれかかっていたままだ。

だから母は僕に語りかけなかったんだ。

僕には十分すぎるほど注がれている想いを胸にあしたから更に輝く。

克之 お前ならできる そう言ってくれた父がいる

母と同じところに。

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