何を見て何を感じてるか

僕の高齢者の時の画像を見た。

僕はこの時に何を思うのだろうか

幸せな僕でいるだろいうか

前を向いて歩んでいるだろうか

その時、この2つの目から何を見ているのだろうか

暗く歪んだ悲しい現実を悲しみの目で見ているだろうか

誰にも理解されず頑なに考えを周囲に押し付けて迷惑に感じられているだろうか その気持を誰にも譲らず、指摘されれば頑固にはねつけて更に誰かを困らせているのではないか

それとも登る朝陽に感謝を、輝く日光に生命への暖かさを、沈む夕陽に一日の感謝を、遊ぶ子供に未来の豊かさを、さえずる鳥に自然の恵みを、そして話を聞いてくれる友に最大の感謝を感じているだろうか

うん、うんと一日を楽しみ布団に入る時間を希望と感謝に満ちたものにしているだろうか

10代の僕の振る舞いが20代で大きく影響したように、いま50代の僕の言動は70〜80代の彩りあふれる豊かな生活に直結する。

何よりも自分に感謝 私はわたしに責任を取る そして責任を果たした私に尊敬と感謝。

そしてこのように命を授けてくれた両親に感謝。

いまだ。

いまだ。

僕はあたたかい愛情を胸に。

忘れそうな時ほどあたたかい愛情を胸に。

嫌な言動の数々

僕は誰かを責める言葉や態度が苦手

最近はツイッターやブログなどで政権や有名人の振る舞いやそれこそ自粛警察ではないけれど「不適切!」「不謹慎!」という言葉でたくさんの活動行動が制限されている

それは人それぞれですから、いろんな思いや価値観の人がいるでしょう。

けれどね、やりすぎなんだ。

どうして他県のナンバーの車に傷つけていいことになるんだろう

どうして誰かを「人としてどうか?」とか突拍子もない言葉で責めるんだろう

これでは残念だけどそれを書いている人たちのことが心配になってしまう。

自分の行動。

それに自分の言葉

そこにだけフォーカスすればいいのに・・・って毎回感じてしまって僕はもういたたまれなくなる。

いいんだよ 自粛警察する人もそれなりにきっと意味はあるし、きっと辛くて苦しいのだと思うよ。

でも他人を使って、責めることでその気持ちを代替えしないでほしい。

自分で行こうよ、自分のことだもん

きっと誰かを正当な言葉や態度で責めることではなくて自分の行動を自分由来の感情と自制で改めていく。

これができないとあなたもきっと「自粛警察」の対象になってしまうよ

傷つけられるからその行動をしないのでなくて、影響を受けるか受けないかは自分で決めるというスタンスが一番いいと思うよ。

がんばろうよ 責めない 理由を聴く 受容する 共感する そして心配してその辛さや苦しさを何よりも大切に一緒になって考える。

これだと思う。

見てみないふりしない。

さっき新横浜で強風で大きめのゴミ箱2つが倒れて散乱してた。
僕がバイクを止めて片付けようと道の端にバイクを止めたら先に片付けていた人が居た。導尿バッグを腰から下げた高齢男性。一緒に片付けてきた。
導尿バッグを付けているからどう、というわけじゃないけど、生活の配慮が必要な人が率先してるんだ。
外見で健常に見えるからって、誰もが手を差し伸べてくれとは言わないよ。誰もが僕みたく時間があるわけじゃないしね。

愚痴るならやるなよ、そういうお叱り上等。

それはそれでいいけどさ、他の人なにしてるんだよ。
たくさんの人通りがあるのに、みんな知らんぷりか?
自分たちの街だろう?

今僕はこういう気持ちで、でもやっと落ち着きかけてきた。
フゥ〜 ←息を吐く音

見てみないふりしない。

2010年の夏の鶴見川清掃のときから決めたこと。

目に入ったゴミは不可能でない限り絶対拾いに行く。
遠いから、小さいから、ぬかるみだから・・・うるせぇ。
見た以上拾いに行く。そう決めたんだ。
(川の中は入らないけど対岸でも拾いに行く)
何度もつぶやいてきた言葉。
もう、見て見ぬ振りする大人にならないんだよ。
自分に言い訳したらきりがなくなるぞ。

ーーーーーー

見たら動く。

ぼく動きます。
動けるんです。
だから動きます。
動けなくなるまで。
せっかく親からもらった体だもん。

2020年4月1日に

おはようございます。

今日は4月1日。新年度の始まりですね。気持ちを新たに2020年度を迎えたいと思います。世間はこのような状況ですがそれでも明るい気持ちや前を向く気持ちを失っては寂しい悲しいと感じるのも事実です。

先日テレビ放送で人気のグループ嵐さんが大きな声で「走り出せ♩走り出せ♫」と歌っていました。不謹慎なんて言わないでください。若くても年齢を重ねていても前を向いて自分の思う方向に体や心を向けて進んでいく事がこの時期だからこそ大切だと感じます。

その後にいろいろな歌でみんなが心の思いを伝えてくれていました。

私は50代後半になりましたがそれでも前を向いて毎日進んでいこうと決意しています。
その決意の中に不要不急の外出は控えよう、人混みに出向くのはやめよう、必要以外のものを備蓄するのはやめよう、そのようなことを考えながら生きています。
やめようなんて後ろ向きじゃないかなんて言わないでくださいね。

私は仕事柄多くのシニアと出会います。消極的かもしれませんがそのシニアたちに私が無症状感染者であったらと言うスタンスで接しているのです。

今一人一人が自分たちのできることを、新型コロナウィルスが、隣の人やこれから出会う人や支援や支えが必要な人のことを考えて行動することを教えてくれています。
そう理解して私たちは自分のできることを大きくても小さくても始めていきたいと思います。

写真は妻の美保が結婚記念日のために用意してくれた2人のささやかな温泉へのお出かけです。
今、私は定期的な収入がなく、妻に迷惑をかけてばかりです。そんな中の心遣いは大変嬉しくて涙が出る思いです。
私のような者と結婚してくれ、日々を一緒に暮らしてくれる妻に何より感謝です。

志楽の湯にて

私のようなものではなく、他にたくさんいる素敵な人と暮らしていたら、もっとたくさんの素敵な思い出が作ることができたのではないかと思うと胸が締め付けられます。
それでも僕は前を向いて歩いていくし、僕のできる形で妻を大切にしたいと毎日思います。

それこそ私の亡くなった父母が私に授けてくれた私にしかできない愛情の行動だと思っています。これを行わなくて、僕らしい人生はどうなるのか想像もつきません。

ちょうど私たち2人は2011年4月2日に神奈川スケートリンクで出会いました。今日で10年目です。その節目に投稿してみました。

2人がいつか別々この生命を終える時、心の中のすべての思いを込めて、互いを支え合えるように、これから先の残された時間を有意義に暮らしていきたいと思います。

一番強い人は一番やさしく一番我慢ができ一番周りのことをのために活動できる人だと信じています。

私の家族が、すべてがそうあり、世の中がそうであり、世界中がそうあることの、小さな前を向く歯車として。

2020年4月1日

ぼくのミッションステートメント

私は自分自身を大切な存在と認識し尊重します。

それと同じく周囲の人やものや出来事を尊重します。

また自分の無限の可能性を信じると同じく他の人ことすべての可能性も信じます。

これらを語るだけでなく行動で人生を埋め尽くします。

母の日

1992年の今日 母が他界した。母のいない年月がもう27年。

でも母がなくなった年齢まであともう2年。

僕らを残していったその日。

母は美しいままだった。

夕焼けに輝く柿がなにかのきっかけでサッと枝を離れていく、そんな母だった。

その日からなにか歯車の歯が一つかけているようなそうでないような日々を過ごしている。

そうだ。

僕の心のなかにある幸せの水甕が容量不足としっているような感覚だ。

そうして荒みゆく私に気がついたのはこれを書いている今。

まさしく今なのだ。

そうか、私はそれまで母が塞いでいた漏れゆく栓。

それが抜けていたことに気がついていなかった。

だから別の何かで埋めようとして失うようになったのだ。

それまで欠けてはいたが保たれていたバランスの秤。

私の皿を満たすことが生きていると実感できる証になった。

そして私の思いを実現できるところにそのエネルギーを注ぐことになっていった。

もういいよ。

もういい。

僕は母にまだもたれかかっていたままだ。

だから母は僕に語りかけなかったんだ。

僕には十分すぎるほど注がれている想いを胸にあしたから更に輝く。

克之 お前ならできる そう言ってくれた父がいる

母と同じところに。

ぼくにはまだまだ余力がある

僕にはまだまだ余力がある

苦しくも辛くもないしまだまだ前を向いている

街なかの電柱のように立っていることができる。

だからもっと困りごとを抱える人のためになにかできる!って思った。

その中でも高齢者のことはいつも気になる。

変な喩えだが「手っ取り早く」困っていて

「ちょっとしたこと」でも喜んでもらえる。

そう リターンは大切なのだ。

だから僕の中では香りや小さな変化と同様にその存在感をもってぼくはことにあたる。

小さな猫がいつも歩く通勤路の脇を左からきて左側に曲がるときに違和感だ。

そう、青信号なのに発車しない白い車。製薬会社の営業の車。スマホに夢中なのだ。そんなやるせなさ。

だからぼくはそんな困りごとを遠ざけて本当に困っている人の元へ急ぐ。

声かけることはしょっちゅう。

多いときは一日に20回くらい。

僕にしかできない社会作りなんだ。

そんな僕がみかちゃんにやってるフェスタに顔だした。

多くの子供達、とくに少女を喜ばせるようなキラキラしたものやカラフルなものが並べられている。

あ、少女はこれでいいな。

でも高齢者だって一緒じゃん。

みかちゃんにできて僕にできないわけがない。

じゃなくて、みかちゃんだって苦労して作り上げてきた。

だからぼくも頑張ってしっかり進んでいけば多くの高齢者をいつもよりも少し多くのプラチナ世代を笑顔にできる。

だかこそ、僕もなくなった父母の笑顔をも含めて作り出していきたいのだ。


僕は歌人だと思っている。

だから短歌で表現しよう。

シニアでも彩り求め立ち上がりえがおはともに求めてあるく

救急要請 2012年5月26日

昨日は雨で、でも営業に出たかったので川崎市中原区や幸区を自転車に雨具で走り回っていました。その距離30kmはゆうに超えていたと思います。昨日の14:19 僕は救急車を要請しました。その少し前、川崎市にある鹿島田駅を少し超えたところの商店街の交差点で信号待ちをしていました。そこの向かい側の道を走ってた自転車が後ろ側に、前輪があがる形でひっくり返ったのです。中年の男性が自転車に合わせて後頭部からひっくり返りました。そのままドンという音と一緒に。

そのまま男性は起き上がってきません。雨に濡れた交差点の角にひっくり返ったままでした。心配して信号を無視し周囲の車に合図をしながら近づきました。「おじさん~ 大丈夫?」大丈夫どころではありませんでした。

後頭部に亀裂のようなものがあってが入ってそこから鮮血が溢れだしてきます。髪の毛はすぐにベットリとなってしまいました。すぐに声をかけました。「おじさん名前はなんて言うんですか?」「○○」←姓だけぼそっと言いました。「歳は幾つですか?」「55」うん 意識はある。でも出血は続いている。

そのまま救急車を要請しました。119「火事ですか?救急ですか?」僕「路上で出血している人がいます」119「どこですか目安を言ってください」僕「幸区下平間○○○です」僕「パチンコ○○○○の交差点の角です」(ちょうど目の前に番地表記がありました)119「けが人はどんな感じですか」僕「左の後頭部から出血しています 鮮血が波打っています」(ああ!ああああ!出ています!早く来てください!)119「落ち着いてください あなたのお名前は?」僕「ほんまといいます」(そんなこといいから早く来てください 血が溢れ出てるんです!)119「落ち着いてください あなたの電話番号を教えて下さい」僕「はい 070-・・・・」119「一般電話ではないんですか?」僕「そんなことどーでもいいでしょう!ピッチですよウイルコムです!早く来てください!血が出てるんですよ!!」119「電話番号を最後までお願いします」僕「はい 070-657・・・・・・・です」僕「もういいですか?早く来てください!!!」119「では救急車を向かわせますから近くに来たら手を振って合図してくれますか?」僕「はいわかりました!はやくきてくださーい!!」

こんな感じでした。この間遠巻きに観てる人数名。近寄ってくる人2~3人。「今救急要請しましたからもう平気です」(なんて落ち着いたふうに言っていましたが他にできることはありませんでした)車は避けて通るし、でも救急救命講習でやったようにAEDを使うような場面でもない。頭を売っているので濡れた路面だけど座ってもらっているしかないなと思ったからそうしてもらっていた・そこにクロネコヤマトの自転車で配達していた人が傘をさしかけてくれた。そうだぼくは傘を持っていなかったからそういう発想ができなかった。

僕「ありがとうございます」クロネコ「いえいえ 救急車呼んでいましたね」僕「はい 今さっき電話終わりました」クロネコ「動かさないほうがいいですね」僕「はい そうします」

一緒に傘をさしかけていると顔つきのはっきりした小柄な女性が自転車で通りがかりました。女性「大丈夫ですか?」僕「はい 数分前に救急車を呼びました」女性「自転車をどけましょう」(そう言って足元にあった倒れた自転車をどけて下さいました)

そうしているうちにやっと近くで救急車の音が聞こえました。きっと5分くらいかかった思います。でももっともっと長く感じました。クロネコさんとも「長いね まだかかるのかな」そう話しをしていました。僕「救急車を誘導してきますのでいて下さいますか?」クロネコ「はい」

ぼくは少し交差点の真ん中に行ってバナナ園の帽子をおおきく振りました。救急車が近づいてきてなんと安心したことか ほっとしました。(よかったぁ!やっと専門の人が来てくれた)

僕「通報者です」救急隊「どんな感じですか?」僕「ここの交差点のこのへんから自転車に乗ったまま・・・」(説明しました)救急隊「ありがとうございました この人はお知り合いですか?」僕「いいえ でも名前は○○さん 年齢は55歳だと言っています」救急隊「○○さん お年はいくつですか?」「55」救急隊「少し酒飲んでるの?」「うん(うなずきました)」

救急隊「こちらであずかります ありがとうございました」

僕は自転車を整理してクロネコサンと女性にお礼を言ってそこの場を離れました。この頃にはやじうまもいなくなっていました。

自転車でつぎの訪問先に向かう途中に僕特有の状態かな、ハイになってきました。溢れ来る感情に行動がついてこれません。涙が溢れてきますそれはこんなことだった思います

「ああ!良かった!あの人の家族はちょっとは安心できたろうな!よかった!」「専門の人に問題なく渡すことができた よかったよかった!!」「よくやった ぼくはへたっぴいだけどできるかぎり落ち着いて頑張ったぞ」「ああやって頑張っていればクロネコサンや女性のように手伝ってくれる人は出てくるんだな」「ああ ぼくは幸せだ 怪我もしていないししっかりした体で生きている」「お父さんお母さんありがとう ちゃんと見ていてくれた?ぼくは一生懸命頑張ったよ」「でも本当はすごく怖かった・・・どうなることかと思ったよ!」「みほちゃ~ん 怖かったよ~」

こんな感情が次々沸き上がってくるのでした。とにかく何とかなって良かった。

30分もすると随分落ち着きちょっと頑張った自分をしっかり褒めていました。そして興奮状態から平静状態に、いつものぼくに戻っていました。

注:画像はイメージです。

2015年4月の日記

おはようございます。
昨日はお休みで今年の初めてソロツーリングに出かけました。
こういう時には大きなバイクは安定していいいなぁ(^_^)

起きて天気を見たら「最高温度24度」だったので「よーし!行こう!」
目的地は今年はじめての「道志の湯」でした。
そしてcoffeeをボトルに落としたら出発でした。
環状2号線→保土ヶ谷バイパス→16号→413号をひたすら走りました。
途中「牧野峠」という表記を見つけてそちらへGO!
少し間違えたけれど国道76号を山越えして国道413号にもどりました。
この76号線はとてもよい道で綺麗で走りやすいし見渡しOK。
今度からこっちに行こうっと(^_^)

「道の駅どうし」でわたしのお気に入りのおみやげ
「山芋入りキムチ」を買ってきました。

その後すぐ手前の目的地「道志の湯」に入りました。
やっぱりここのお湯は最高!
肩までは入ると「あぁ~~ぁ~~ゔぁぁ~」ってつい唸ってしまいます。
温泉好きの方ならきっとわかると思います。
ゆっくりお湯に浸かってから休憩所で短歌を詠みました。
一杯は詠めなかったけれどなんとか作歌することができて良かった。

その後はゆっくり来た道を帰る形で菊名の自宅までツーリング。

いろいろなことでプレッシャーだったり笑顔でいることができない出来事が多かったですが「バイクでツーリング」でグンッ!とリフレッシュ出来ました。

「リフレッシュばっかりじゃないかっ!」

 はい、そのとおりです。大目に見てやってください(^_^)

2017年の日記

このところ乗り物が楽しいです。
自分がこんな風になるとは思ってもいなかったけれど「操縦する楽しみ」「もっとあっちこっちの事を気にかける楽しみ」を味わっています。

い起こせば2010年秋、普通自動2輪(昔の中免)がとりたくなって教習所へいきました。
中古の安いバイクを個人売買で買って乗り回し、いろいろあって今はベイスターズブルーのNinja250SLにまたがっています。

首都圏に住むのに車がなくても・・・と思っていました。
しかしひょんなことから駐車場付きマンションに住むことになって、程なく義兄から亜都礼(アトレー7)を貰えることになりました。
念願のマイカーを本当に気楽に持つことになりました。

「雨の日でも美保ちゃんをレストランに連れて行ってあげられる!」
そんな想いを実現できるようになりました。

それでも一人の休みはいつもバイク。
朝の5時過ぎから夕方までだいたい12時間。
距離にして300km。
よく走っていられるなぁって自分でも感心してます。

そこに現れた本間鼓動(ホンマビート)くん。
小さくて低くてマニュアルミッションで軽自動車。
それをそのままカタチにしたみたいな車でした。
数台のビートを乗りましたが今のビートくんに乗った時に即決でした。

ビートの面白いこと。
ノンパワステ。ハンドルと車の挙動が一緒なんです。
キリはじめのもたつき感がとてもダイレクトです。
背中から社外品のマフラーから咆哮のような回転音が聞こえてきます。
ブーウウウーウウン!その音にびっくりしますがスピードは全くもってごく普通の車速。
原付スクーターくらいです。
すっごく頑張らないとスポーツカーらしいスタイルに似合う走りはできません。
そこがまたいい所(^^)

バイクの忍者 ホンマのビート。
僕はこの2台があってメカに詳しい人のようだけどまったく詳しくない、それでいてなんか走りを自分のものらしくしたいおじさんになっていました。

2台合わせて排気量は910cc。

これで僕のおやすみはいつもいつもバラ色です。